原始仏教
hiruandon-desu.hatenablog.com 前回の記事で取り上げたように、『パーリ仏典 増支部 第4集 第125経 慈経』においては四無量心(四梵住)の各々が、特定の梵天界への再生と対応づけられており、対応関係は次のようになります。 四梵住 再生する梵天界 慈(me…
今回は「色界四禅・四無色定」と「四無量心(四梵住)」の関係について、触れていきたいと思います。 〇色界四禅・四無色定 八正道の「正定」として登場する色界四禅と、およびそれに続く四無色定の内容は以下のようになります。また、その境地を修めた善業功…
今回は『パーリ仏典 長部 第31経 シンガーラカ経(六方礼経)』を見ていきたいと思います。この経は在家者の律と呼ばれることがあり、釈尊が資産家の息子シンガーラカへ説いた在家者(優婆塞・優婆夷)の心得です。シンガーラカの両親は仏法僧の三宝に帰依し…
hiruandon-desu.hatenablog.com 前回の記事で取り上げた「四諦・三転十二行相」における「三転(示転・勧転・証転)」が具体的に何を指すのか?、部派仏教 説一切有部では「修行階梯の五位における見道・修道・無学道」と同一視されることもあるため、修行の階梯…
hiruandon-desu.hatenablog.com 前回の記事の続きになります。 成道した釈尊ですが、覚り得た此縁性という道理は、貪りと瞋りにとりつかれた世俗の人々が理解するのは困難であり、説法することで逆に社会へ混乱を招いてしまう懸念もありました。 〇梵天勧請…
hiruandon-desu.hatenablog.com 前回の記事の続きになります。 こうして、太陽がまだ西に傾かない間に、釈尊(菩薩)は悪魔の軍勢を打ち滅ぼし、初夜(宵の口)に宿命通(自身の過去世の生存を知る通力)を得、中夜(夜中)に天眼通(自身と他者における死と…
hiruandon-desu.hatenablog.com 前回の記事の続きになります。アラーダ仙のもとを去った釈尊(菩薩)は、次にウドラカ仙のもとを訪れます。 〇ウッダカ・ラーマプッタ仙人(ウドラカ仙) ウッダカ・ラーマプッタ(梵語:ルドラカ・ラーマプトラ)(ウドラカ)は…
hiruandon-desu.hatenablog.com 上の記事の続きになります。 釈尊(菩薩)はアラーダ仙の教え(理論)を聞き、続いて解脱にいたるためのすぐれた実践方法と、その究極的な境地そのものを彼に尋ねました。そして、アラーダは実践方法とその境地などを示してい…
hiruandon-desu.hatenablog.com 上の記事の続きになります。釈尊(菩薩)は著名な修行者であるアラーダ仙のもとを訪れました。 〇アーラーラ・カーラーマ仙人(アラーダ仙) アーラーラ・カーラーマ(梵語:アーラーダ・カーラーパ)(アラーダ)の居住地につい…
前回から釈尊の生涯について記事の再掲をはじめました。「八相示現(八相成道)」によると、「①下天→②入胎→③誕生→④出家→⑤降魔→⑥成道→⑦説法→⑧入滅」の順番であり、釈尊の生涯の最初に「下天」→「入胎」の出来事が含まれることになります。「①下天→②入胎」につ…
原始仏教時代の特に印象的な長老尼(比丘尼)や長老僧(比丘)の詩句を紹介しましたので、ここで改めて釈尊の生涯について触れておきたいと思います。 hiruandon-desu.hatenablog.com 釈尊の生涯についての大部分は過去記事で既に紹介していますが、掲載記事…
『テーラガーター』(男性出家者の詩句集)と『テーリーガーター』(女性出家者の詩句集)は、どちらも『パーリ仏典 小部』に含まれる韻文集ですが、文体にはかなり明確な差があります。両者は「男性出家者の詩」と「女性出家者の詩」と単純に対比されること…
『テーラガーター』(男性出家者の詩句集)と『テーリーガーター』(女性出家者の詩句集)は、どちらも『パーリ仏典 小部』に含まれる韻文集です。『テーリーガーター』とは女性長老尼(テーリー)の詩集という意味であり、『テーラガーター』とは男性長老僧…
前回の記事でお話したキサー・ゴータミー尼だけでなく、パターチャーラー尼もまた家族全員を失う壮絶な苦悩を経験し、釈尊と出会い、その悲しみを智慧へ転換して解脱した比丘尼(女性の出家者)の一人です。 hiruandon-desu.hatenablog.com パターチャーラー…
出家前のキサー・ゴータミー尼の逸話は、『パーリ経典』や後世の注釈書の中で少しずつ形を変えながら伝えられてきました。最も古いものは、『パーリ仏典 小部 テーリーガーター(長老尼偈)』です。女性の出家者(比丘尼)たちの詩を集めた経典で、キサー・ゴ…
過去記事で一度触れましたが、かなり間が空いてしまいましたので、『パーリ仏典 中部』の「アングリマーラ経」の内容を改めて紹介したいと思います(かなり有名な話だと思います)。これは釈尊が凶賊アングリマーラ(指鬘)を調伏・出家させ、阿羅漢に導くま…
このあたりで仏教の「五蘊(色・受・想・行・識)」(=心身=精神と身体)について改めて触れておきたいと思います。五蘊無我(五蘊非我)について、『パーリ仏典 相応部』で次のような説法があります。初転法輪において「四諦・八正道」でなく、こちらが説かれ…
「空」という言葉は大乗仏教で登場した言葉のように思われるかもしれませんが、実は原始仏教の頃から登場しています(内容は一致する部分と異なる部分がありますが)。原始仏教以来、出家者達の修行は森・樹下・山窟などの人里離れた静かな自然環境で行われた…
釈尊は『諸々の事象は過ぎ去る(移り変わる)ものである。怠ることなく、修行を完成しない。』との言葉を最後に残し、ニルヴァーナ(涅槃)に入りました。 hiruandon-desu.hatenablog.com アーナンダ長老は、亡くなる前の釈尊に修行完成者(如来)の遺体はど…
地域によって、七月盆と八月盆の違いがあると思いますが、とにかくお盆の時季が近づいて来たということで、今回はお盆に直接関係したり・しなかったりする話になります(長文になってしまいました…興味のある方は最後までお付き合い頂けると幸いです)。 〇原…
hiruandon-desu.hatenablog.com 釈尊は病いをおして、休みながらクシナーラーへ向かって歩みました。 〇最後の旅の旅路 【マガダ国】ラージャグリハ(王舎城)→ナーランダ村→パーリタ村 ガンジス河を渡る→ 【ヴァッジ国】コーティ村→ナーディカ村→ベールヴァ…
hiruandon-desu.hatenablog.com ヴェーサーリーの地で、釈尊は三ヶ月後に如来(修行完成者)の入滅を、弟子達に宣言しました。万感を胸に、一行はヴェーサーリー市を出発します。 〇最後の旅の旅路 【マガダ国】ラージャグリハ(王舎城)→ナーランダ村→パー…
釈尊の入滅については、『パーリ仏典 長部 大般涅槃経』に説かれています。80歳に達した釈尊は、マガダ国のラージャグリハ(巴語:ラーガジャハ)(王舎城)の霊鷲山を出発して、最後の遍歴の旅にのぼりました。釈尊はアーナンダなどごく少数の弟子達と共に…
釈尊の十大弟子の中でも、特にサーリプッタ(舎利子)とモッガラーナ(目連)の二人は釈尊の後継者として期待されていましたが、彼らは残念ながら師である釈尊よりも先に入滅(死亡)してしまったと言われています。 〇サーリプッタ(舎利子)とモッガラーナ…
釈尊の晩年、故郷のシャカ族はコーサラ国王のヴィドゥーダバ王によって滅ぼされたとされており、『増一阿含経』や『法句譬喩経』など幾つかの経典で紹介されています。概ねの筋書きは変わらないようですが、詳細な内容は大きく異なっていたり、史実がどうで…
hiruandon-desu.hatenablog.com 上記の記事の続きになります。 釈尊が覚った仏法は過去の諸仏が覚ったものと同一であり、それを古道または古径と言います。即ち、覚りと覚りに至る実践である八正道の最初の発見者は、菩提樹下で瞑想して成道した釈尊ではなか…
釈尊は紀元前五世紀ごろ(諸説あります)に、インド北部、今のネパール南部にシャカ族の王子として生まれ、29歳のときに城も地位も財産も捨てて出家したと伝えられています。その後、6~7年間、様々な苦行難行と瞑想による修行を積み、ついに覚りを開きまし…
hiruandon-desu.hatenablog.com 釈尊と同時代のインドでは、バラモン教を否定する自由な思想家が多数登場し、ヴェーダの権威を否定する諸学説を提唱して盛んに議論をしていました。パーリ仏典ではその諸学説を六十二見にまとめ、その中で主要なものを「六師…
仏典には、インド論理学の「四句分別」がよく登場します。四句とは、ある命題に対する「肯定」「否定」「肯定かつ否定」「肯定でもなく否定でもない」のことです。これら四句を否定するのが「四句否定」であり、大乗仏教の中観派開祖ナーガルジュナ(龍樹)…
『パーリ仏典 長部 沙門果経』が説かれた時代のマガダ国の王はアジャータシャトル(阿闍世)といいます。彼の母親はヴァイデーヒー皇后、父親はビンビサーラ王です。『パーリ仏典 小部 経集(スッタニパータ)』において「出家」と題される一経があります。…