シン! 原始仏教探究ブログ

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2024-01-01から1年間の記事一覧

仏教の「空」や「一即多・多即一」を分子生物学の観点から考察

大乗仏教では「空」や「真如」といった真理を示す言葉が何度も登場します。特に、「空(空性)」は様々な意味に使われており、一貫性がありませんが、とにかく仏教における「空(空観)」は「無(断見)」とは異なり、「何も無い(虚無である)」ことを意味…

仏教と量子論

仏教の思想は、よく現代物理学の量子論の考え方に似ているという意見も耳にします。そこで今回、そんな量子論の世界をあくまで哲学的な視点重視で見ていきたいと思います。 ○粒子性と波動性 量子論が示す自然観の特徴をデンマークの物理学者ニールス・ボーア…

死は終わりではなく、大切な人との永遠の別れでもない 〜遺された人々の心の中には故人が生き続けている〜

大乗仏教の経典は歴史上の釈尊(釈迦如来)以外にも数多くの諸仏を認め、併せて各諸仏が所有する仏国土をも想定しました。一仏国土に一仏の原則により、それぞれの仏が固有の浄土を建立すると考えました。 その代表例が阿弥陀如来の極楽浄土でしょう。その極…

大乗仏教 & 西田幾多郎の「逆対応と平常底」

hiruandon-desu.hatenablog.com 西田幾多郎の『絶対矛盾的自己同一』は晩年、特に「絶対矛盾的」部分を強調した『逆対応』、及び「自己同一」部分を強調した『平常底』に分節化される形で表現されるようになります。『逆対応』というのは絶対(神仏=弁証法…

【原始仏教】八勝処と八解脱を四無量心の観点から考察

「八勝処」と「八解脱」という言葉がパーリ仏典にも出てきますが、こちらもイメージがつきにくい説明文で解説されてあるかと思います。今回は、これらを「四無量心」の観点から筆者なりに考察していきます。 まず、最初に「八勝処」ですが、下記のようになっ…

【原始仏教】仏教の瞑想法を四無量心の観点から考察Ⅲ

hiruandon-desu.hatenablog.com 前回の内容を簡単にまとめると、次のようになります。 慈とは「一切の有情は幸福であれかし。」などと念じ、利益と安楽をもたらそうと願うことです。似て非なる心情が貪欲・愛執であり、退治される心情が瞋恚です。慈を修して…

【原始仏教】仏教の瞑想法を四無量心の観点から考察Ⅱ

hiruandon-desu.hatenablog.com 上記の記事の続きになります。慈・悲・喜・捨の完成(終結)とは何か?について、今回触れていきたいと思います。 〇九次第定について 四無量心の話に入る前にまず九次第定について。安止定である四禅・四無色定・想受滅定は…

【原始仏教】仏教の瞑想法を四無量心の観点から考察Ⅰ

仏教の瞑想(禅定)を検索すると、おそらく「四禅(または色界四禅)」や「四無色定」のような用語がよくヒットするかと思います。パーリ仏典にもよく登場し、説明もありますが、いまいちイメージがつきにくい感じがあると思います。瞑想で得られた体験を何…

【原始仏教】四念処Ⅲ マインドフルネス ~身・受・心・法の随観~

hiruandon-desu.hatenablog.com 四無量心(慈・悲・喜・捨)の瞑想と四念処(身・受・心・法の随観)は相互に関連し合い、禅定を妨げる顕在煩悩、即ち五蓋(貪欲・瞋恚・惛沈睡眠・掉拳後悔・疑)を除去する働きがあるだけでなく、禅定に入れるようになった…

【原始仏教】四念処Ⅱ 慈悲喜捨の四無量心(四梵住)・慈悲の瞑想

hiruandon-desu.hatenablog.com 上の記事の続きになりますが、我々は自身を感受(苦受・楽受・捨受)と一体化させた状態で生活していると言えると思います。更に言うと、五蘊と一体化させた状態ですね。例えるならば、五蘊という箱の中に閉じ込められた状態…

【原始仏教】四念処Ⅰ 第一の矢・第二の矢

今日注目されているマインドフルネスの実践法は、原始仏教の代表的な修行方法である「四念処(身念処・受念処・心念処・法念処)」が基礎にあるとされています。身心に生じる快楽や苦痛の感覚感情や思考を、ありのままに苦・楽または非苦非楽として感じてい…

はじめに

buddism.club 上記ブログから移動してきました。 hiruandon-desu.hatenablog.com hiruandon-desu.hatenablog.com hiruandon-desu.hatenablog.com hiruandon-desu.hatenablog.com hiruandon-desu.hatenablog.com

「縁」の力 〜原始仏教・唯識仏教・西田哲学を独自の視点から考えてみた~

釈尊が仮に、生天思想や輪廻思想に本来は否定的であったと仮定した場合、釈尊の覚りとはどのようなものだったと考えられるか?について、西田幾多郎の哲学を参考に筆者の勝手な一私見を書いたものが下記の記事になります。 hiruandon-desu.hatenablog.com 西…

【やさしい般若心経】「不増不減」~有無同然、八風吹けども動ぜずに~

大乗仏教の経典『仏説無量寿経』(浄土三部経の一つ)に「有無同然」という思想が登場します。 世の人は浅はかで、急ぐ必要のないことを争い求める。この烈しい悪と苦痛の中で人々は日常の営みに身を苦しめ、働き、自分の生活にあくせくしている。 身分の高…

【原始仏教】四向四果Ⅱ ~預流・一来・不還・阿羅漢~

「四向四果(四双四輩)」の詳細を、今回は見ていきたいと思います。最初に、我々衆生(生命)を欲界・色界・無色界といった輪廻の生存(苦悩)へ繋ぎ止める潜在煩悩である「五下分結」と「五上分結」に触れておきたいと思います。 五下分結:衆生(生命)を…

原始仏教を西田幾多郎の哲学から考えてみた 〜本当の仏教は死後の世界を語らない?〜

日本の仏教学者の中には、釈尊は本来、輪廻という思想に否定的であったとする意見もよく見受けられます。 この説に基づくならば、当時、釈尊が説法した時代のインドでは、「生天」や「輪廻」といった思想が強く人々の中に根付いて(民衆の一般常識となって)…

【原始仏教】四向四果Ⅰ ~他者への説法(順々の話)~

原始仏教の教団は、比丘・比丘尼、優婆塞・優婆夷の四衆から成っていました。前の二つは出家僧の男女であり、後の二つは在家信者の男女です。 出家者は社会的義務を離れて遊行生活に入り、二百カ条を超える戒律に従って身を処しました。一方、在家者は社会の…

【原始仏教】十二縁起 ~渇愛 未来の息子・娘と両親~

「無明→行→識→名色→六処→触→受→愛→取→有→生→老死」という十二縁起(十二因縁)説には、実に様々な解釈があります。 ここではあまり知られていない解釈、しかしおそらく本来の十二縁起はそのようではないかという解釈を紹介します。 まず、仏教では、有情が生…

【原始仏教】初転法輪⑤ 五蘊無我Ⅱ ~仏教の無我も空も虚無ではない~

五蘊無我(五蘊非我)について、パーリ仏典相応部で次のような説法があります。初転法輪では、四諦・八正道でなく、こちらが説かれたとする説もあります。 釈尊: 「比丘達よ、{色・受・想・行・識}は我ならざるものである。もしも、{色・受・想・行・識}が我で…

【原始仏教】初転法輪④ 五蘊無我Ⅰ ~欲界、色界、無色界の自我~

初転法輪では、「四諦・八正道・四諦三転十二行相」について説法が行われたとする説もありますが、もう一方で「五蘊無我(五蘊非我)」についての説法が行われたとする説もあります。 五蘊無我(五蘊非我)や三転十二行相の話に入る前に、我々が自分であると…

【原始仏教】初転法輪③ 四諦の道諦 ~八正道と慈悲喜捨~

○道諦(道聖諦) 比丘達よ、これが苦の滅に導く道という聖なる真実である。即ち、聖なる八正道である、正しい見解・正しい思惟・正しい言葉・正しい行為・正しい生活・正しい精進・正しい憶念・正しい瞑想のことである。 比丘たちよ、どのように正見が先行するのか…

【原始仏教】初転法輪② 四諦の滅諦 ~原始仏教と日本仏教の繋がり~

○滅諦(滅聖諦) 比丘達よ、これが苦の滅(消滅)という聖なる真実である。即ち、かの渇愛を残り無く離れ、滅し、捨て、棄て、解脱して、執着のないことである。 苦(輪廻転生)の原因は渇愛でした。その渇愛が捨断され滅尽する場所は集諦と時と同じく次の場所…

【原始仏教】初転法輪① 四諦の苦諦と集諦 〜四苦八苦〜

釈尊は自らの覚りを他者へ説法することを決めました。瞑想の師匠であったアーラーラ・カーラーマ仙人とウッダカ・ラーマプッタ仙人は既に亡くなっていましたので、仏陀となった釈尊の最初の説法を受けたのはかつて釈尊と共に修行した五人の比丘(コンダンニャ、…

原始仏教、小乗仏教、大乗仏教とは何か? ~原始仏教を学ぶ楽しさや必要性~

原始仏教は、お釈迦様によって直接教えられた教えを指し、仏教の最も初期の形態です。これに対し、大乗仏教と小乗仏教は、原始仏教から派生した後の伝統です。 原始仏教は、主にパーリ語経典にその教えが残されており、これらは「三蔵」(律蔵、経蔵、論蔵)…

【やさしい般若心経】唯識仏教の観点から般若心経を解釈すると

唯識仏教の観点から般若心経を解釈すると、般若心経は唯識思想の中心的な教えを体現していると言えます。 唯識仏教は、仏教の中でもインドの大乗仏教の一派であり、唯識所変を強調しています。これは、すべての現象が識(心)の所産であり、外界の実在ではな…

【やさしい般若心経】般若心経はどんな経典なのか ~空は虚無ではない~

般若心経は、今日の仏教の中でも特に重要な経典の一つであり、その普遍的な教えは数世紀にわたり多くの人々に影響を与えてきました。 この経典は、観自在菩薩がお釈迦様の代理を務める形で、お釈迦様の弟子である舎利子(シャーリプトラ)へ教えが伝えられる…

【原始仏教】ブッダの修行と悟りとはどういうものだったか~瞑想修行と努力のバランス

成道前、二人の瞑想の師のもとを去った釈尊は、我流で苦行難行と瞑想の修行を続けました。ここまでの瞑想や苦行難行は、欲望(惑)を生じさせる原因として問題ではない感情・思考・欲求をも含めて全てを否定するような形で行われています。 しかし、例えば琴が…

【やさしい般若心経】「不垢不浄」アングリマーラ経の教訓:過去を越えて至る安らぎ

原始仏典(パーリ仏典)にある「アングリマーラ経」の内容を紹介したいと思います。これは釈尊が凶賊アングリマーラを調伏、出家させ、阿羅漢に導くまでの出来事を教えとともに示したものです。 アングリマーラ - Wikipediaja.wikipedia.org アングリマーラの…

【やさしい般若心経】「不生不滅」永遠の命・真理とはなんだろう

中国の禅僧である大竜禅師に、ある修行者が「形あるもの(色身=肉体)は滅びるとということは知っていますが、永遠の命・真理(法身=真如)とは何ですか?」という質問しました。 すると、大竜禅師は次のように答えたと言われてます。 山花開いて錦に似たり、…

釈尊の修行の理由と当時のインドの宗教的な背景

出家した釈尊の修行の話に入る前に、当時の宗教的な時代背景を見ていきたいと思います。釈尊をはじめ、当時の出家者達が苦行や瞑想の修行をする理由は何なのかが分かりやすくなるかと思います。 ○生天思想、そして天界での再死への恐れ 西洋人と祖先を同じく…